
たっちゃんです。10月1日(日)、裾野市で市議会議員選挙がありました。とーちゃんが4期目の当選を果たしました。お祝いに駆けつけてくれた支援者とペットボトルのお茶1本だけの乾杯。政治活動にお金を掛けない姿勢は初出馬の時から一貫したスタイルです。
4回目の選挙でしたが、今回初めて、選挙運動を手伝いました。過去3回は公務員(県庁職員)だったので、息子といえどもお手伝いができなかったのです。今回は連日、選挙カーのハンドルを握り、みっきーがウグイス嬢をしました。
走る先々で本当にとーちゃんを支援しているという感じの人たちが笑顔で選挙カーに寄ってきました。理想と夢だけに生きている少年がそのまま大人になったようなとーちゃん。いつもまじめにコツコツ、市民の素朴な困ったを市長に、役所に親身になって届けるスタイルが多くの人の共感を呼んでいるようです。
有名な詩なのでご存知の形も多いかと思いますが、サムエル・ウルマンという人が「青春」という詩を書いています。
青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう。
バラの面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、燃える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。
青春とは臆病を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけど人は老はしない。
理想を失うとき初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増やすが、情熱を失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神はつまらないものになる。
60歳であろうと、16歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、子どものような未知への深求心、人生への興味の歓喜がある。
君にも私にも見えざる停車場が心にある。
人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。
霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷にとざされるとき、20歳であろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、80歳であろうと人は青春にして、いまだ終わらぬ。
とーちゃん、当選はゴールではなく、また、新たなスタートだ。まちをもっと豊かに、暮らしをもっと豊かに、その夢を追い求めてがんばれっ!